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あったかい話しましょう! [雑多なつぶやき]

フリーターユニオン年末企画。
今年は外国人技能実習がテーマです。
外国人労働者問題というと劣悪な労働条件ということに目が向きがちだけど、
ことの本質は、研修生に多額の借金を負わせて自由を奪う、
債務奴隷を生み出す温床になるというところにあるわけで、
そこを欠いた議論をすれば必ず、外国人排斥の流れに加担してしまうことになるだろうね。

 という私見はともかく、今、アツいところの問題なので是非、参加をよろしくお願いします!(○)


技能実習生問題にしても、なにがしかひとごとのように語る「政治家」にうんざりしているみなさん、よろしく!
日本の労働現場がとうとうここまで来てしまったという状況において、
本村さんというユニオン北九州の労働運動家(?)の熱い思いに、今こそふれたいということです。



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2018年末企画   [イベントなど告知]

技能実習生(外国人労働者)とともに生き、闘えるのか?!


なぜ、生きづらいのか、なぜ働けないのか?

■フリーターユニオン福岡は、2006年、「格差社会」とか「フリーター」とかいう言葉がマスコミでももてはやされたころ結成されました。当時、氷河期世代といわれ、大学を出ても仕事のない若者たちが増えて行きました。ニートでも、引きこもりでも、働いてなくても入れる労働、生存組合として、「(奴隷のように)働かないぞ!」をかかげて立ち上がりました。私たちは、働きたくても働けない、長時間働いても賃金は安い、生活できないという多くのひとたちが、声を上げられずにいることを知っています。労働を賛美する風潮ゆえ、働かないことで社会と関わることができず、バッシングの対象となっているからです。私たちは。当たり前の生活のできる人として尊重されるために「怠ける権利」を主張しています。賃労働だけで自分自身のすべての時間を失うことが幸せでしょうか? 安い賃金のために体を壊してまで働くことが「美徳」でしょうか?


日本はホントに人手不足なのか?

■「人手不足」と騒がれて、「技能実習生」としてさらに多くの外国人を招きいれようとしいてる日本。コンビニや居酒屋といった私たちと直接接する場面だけでなく、さまざまな製造業や建設業などなど、いたるところで外国人が働いています。ホントに人手不足なのかと疑問に思います。福岡市という大都市で生まれ育った若者たちの仕事はちゃんと保障されているのかということです。20代、30代の半分以上は、派遣や契約、パート、アルバイトとい不安定な非正規労働者です。その賃金は、最低賃金に限りなく近いものです。年収200万円なんてざらではないでしょうか。親元から出ることも、結婚して子どもを育てることが、「夢」のようになっています。そのうえに、正社員と同じような働き方を求められ、生活を維持するためにフルタイムそれ以上の過重労働となっています。このような働き方の現状をまったく無視して、政府は「人手不足」と煽って、外国人を安い労動力として雇い入れようとしています。


■10年以上も前から技能実習生への差別待遇と闘ってきたユニオン北九州の委員長本村さんに、なぜ今外国人労働者とともに闘うことが必要なのか、そして私たちはどう働き、ともに生きていくべきか、お話を聞き、意見を交わしたいと思います。どうぞ、ご参加ください。

 12月16日(日)午後2時~フリーターユニオン福岡事務所

お話:本村 真さん(全国一般北九州合同労働組合ユニオン北九州執行委員長)

楽に人間らしく働き、ともに生きるをめざす労働・生存組合
   フリーターユニオン福岡
【連絡先】福岡市中央区大名1-3-42-304 ℡09099802106
   http://fufukuoka.web.fc2.com/  https://fufukuoka.blog.so-net.ne.jp/
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定例会議のようなもの [雑多なつぶやき]

昨日も会議でいろいろと話したのだけど、
外国人労働者の問題が引っかかって、そのことについて
色々と考えました。

人手不足の問題が云々という問題は、実は、人手が足りないのではなく
要らない仕事が多すぎる(あるいは本来潰れてしかるべき産業に
人手が回ってしまっている)から、起こる現象ではないだろうか。

だとするならば、一番手っ取り早い人手不足の解消は、
一定の労働生産性が見込めない産業は市場から退出してもらう
政策を打ち出す(ただし、公共性の高い部門は公共セクターで
引き受ければいい)。

そのための手っ取り早く有効な政策は、最低賃金の引き上げと
人材派遣業の規制強化、労働時間の短縮というしごくシンプルな政策で
結構いけると思う。

金融商品を扱う会社や不動産デベロッパーみたいな連中が
社会にとって有害な存在なのは、この間の金融危機を見ていれば
言わずもがなのことなので詳細は言わなくてもいいでしょう。

人手不足だから人材派遣業が儲かるという倒錯した状況は、
端的にナンセンスな状況なので、そのような状況は社会にとって有害である。

派遣会社の存在は企業に対する採用コストを実は引き上げ、
結果、本来なら企業と労働者の間で分配される収益を派遣会社が持って
行ってしまうことになる。
派遣会社は、人を企業から企業に転がすことで収益を出す仕組みになっており、
何の生産性ももたらさないばかりか、
逆に仕事に必要な熟練性を企業から喪失させることになる。
これは、介護・医療現場で実際に起こっている出来事だ。

だから、派遣会社を潰せば、その分の人手や社会資源はより社会にとって
ニーズの高い処へと移動が起るので、その分社会資源の配分はより適正なものになる。

そしてまた、最低賃金の引き上げだが、賃金は労働生産性によって決まるので
最低賃金も払えない労働生産性の低い企業及び産業は市場から退出すべきである。
そしてまた、労働時間も短縮すれば、一定の労働時間の中で生産性を上げられない
企業というか無能な経営者は経営から労働者へと転換せざるを得ない。

これによって、労働生産性も上がり、賃金も上がることになり、
日本では生産性の低い産業・企業は市場から退出するわけなので、
必然的に人手不足も解消することになる。

金融緩和、財政出動、外国人労働者の枠を増やさなくても
(これらは金融危機、財政危機、排外主義を産み出す結果にしかならない)
最低賃金の引き上げと労働時間の規制と派遣業の禁止で、日本経済は十分やっていけますよ。



☆フリーターユニオンの事務所はアットホームで居心地いいですよ。
いつでも、くつろぎに来て下さいね。
新しい机も入りました。(某法律事務所の支援者の方からのカンパです!ありがとうございます)

ソファーも、畳の間もあります(笑


写真は真面目そうに見えますな。

2018会議中.JPG
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第2回『怠ける権利!』 ラッセルも1日4時間労働 [組合活動]



バートランドラッセル「怠惰への賛歌」(1932)

 仕事は一日4時間まで! 半世紀以上前に書かれた早すぎたワークライフバランス宣言。


私たちの世代は多くがそうだと思うが、私もまた「怠け者のところにはサタンがやってきて悪事をさせるぞ」と言われて育った。私はとても道徳心の強い子供だったので、言われたことは全て信じた。そのおかげで、私の良心は昔から今にいたるまで、私を勤勉な人間に律している。しかし、良心は私の行動こそコントロールしているが、私の思考は反逆を企てている。世界になすべき仕事が多くあることは、私も認めよう。しかし同時に、労働は美徳であるという信念は甚大な被害をもたらしており、現代の産業国において説くべきことは、これまでずっと説かれてきたこととは異なると思うのだ。ナポリの旅人の話はみんな知っているだろう。彼は日向ぼっこしている12人の乞食を見て(この話はムッソリーニが政権をとる前の話だ)、「この中で一番の怠け者に1リラやろう」と言った。乞食のうち11人は先を争うように彼に飛びついてきたので、彼は残る一人に金を渡した。この旅人の振る舞いは全く正しい。しかし、地中海の日差しを享受できない国では、怠惰を貫徹することはずっと困難で、これを実現するためには大規模な公的プロパガンダが必要となる。YMCAの指導者たちには、このエッセイを読んだ後ただちに、善良なる若者たちを無為へと導くキャンペーンを展開していただきたい。そうすれば、私も人生で一つは善いことをしたことになろう。

 さて、これから怠惰を擁護する議論に取り掛かろうと思うが、その前に、絶対に受け入れることのできない一つの見解を、あらかじめ叩き潰しておかねばならない。既に生活するに十分な資産を持っている人間が、教師とかタイピストなどのありふれた職に就こうとすると、決まって「そういう行為そのものが、他の誰かから日々の糧を奪うものであり、倫理的に容認できない悪行である」という批判を受ける。もしこの議論が正しいとすれば、怠惰が必要とされるのは、私たちの全員が十分な糧を得るためだけである、ということになろう。こういうトンチンカンなこと言う連中は、人間というのは稼いだ金は必ず使うものであり、それによって新たな雇用を創出しているという事実を見落としている。得た金を使う限り、働くことによって他の人から奪ったのと同じだけ与えてもいるのだ。この観点から言えば、本当の悪人は貯蓄する人間である。もし所得をフランスの田舎の農民よろしく単純に現金をストッキングに溜め込んだ場合、それによって雇用が創出されないことは自明である。もし貯蓄を投機に回せば、問題はもう少し複雑で、異なる事態が出来する。

 貯蓄の形態として最も一般的なものの一つは、国債を買うことである。大抵の文明国の政府の歳出の多くが、過去の戦費の穴埋めか、未来の戦争のための準備に費やされるという事実を踏まえると、政府に金を貸す人間は、殺し屋を雇うシェークスピアの劇中人物と同じ悪行をしでかしていることになる。こういう経済習慣は、ひとえに金を貸してやった国の軍備増強へと結実する。それなら同じ使うにしても飲むか打つかした方がよほどマシであろう。

 だが、貯蓄を民間企業に投資すれば、話は別なのではないか、という人もいるだろう。確かに、もし投資先の企業が成功して、何か有用な製品を世に送り出せば、投資は報われることになる。もっとも最近では、大概の企業が失敗していることを否定する人はいまい。要するに、人々を楽しませる製品を生み出せたかもしれない大量の労働が、何の役にも立たないガラクタを生み出すために浪費されているのだ。従って、破産する意図で投資する人間は、自分自身だけでなく他人をも損なうことになる。もし例えば、友達とパーティを開くことに金を使えば、(たぶん)大いに楽しみ、当人たちだけでなく、パーティのおかげで仕事のできた肉屋やパン屋、酒の密造業者たちも幸福にすることになる。しかし他方、鉄道が必要とされていないところで鉄道のための線路を引くことに金を使えば、それは誰にも喜びをもたらさない事業のために労働を浪費したことになる。それなのに、投資ですって貧乏になった人間は不運の犠牲者としてみなされ、慈善に金を使った人間は馬鹿で間抜けな人間として蔑まれるのだ。

 さてここまでは序論に過ぎない。私が全力をもって主張したいことは、現代世界では仕事は美徳であるという信念によって計り知れぬ害悪がなされており、人間が幸福と繁栄へ至るためには、仕事を組織的に減らしていくことが必要だ、ということである。


続きはリンク先へ・・・・
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そうか!家事ハラだったんだ! [本や映画などの紹介]

賃労働だけがいびつに「讃美」されてきた社会、
働くというのは、生活、生きるために必要なことなはず。
家事、ケア労働とは、ごくごく人として当たり前に豊かに生きるために最低限のしごと。
なぜかそれが追いやられている社会。
そこに生きづらさの原因があるのではと。



『家事労働ハラスメント 生きづらさの根にあるもの』竹信三恵子

食事の支度や後片付け,洗濯,掃除,育児に親の介護…….本来,だれもが必要とする「暮らしの営み」のはずの労働が,不公正な分配によって,どのように生きづらさや貧困を招き寄せていくのか.終わりなき「見えない労働」を担う人びとが,社会から不当に締め出されている実態に光をあて,直面する困難から抜け出す道を内外にさぐる.


■著者からのメッセージ
 日本社会にはびこる「家事ハラ」に喝!

 私たちの人生には、対価が払われる仕事以外に、日々の食事を用意し、子どもや高齢者をケアするといったもうひとつの労働、家事労働があります。この労働を、だれが、どのように分担するかは、その社会の働き方、福祉、産業に至るまで影響を及ぼします。海外では、社会の変化に見合った家事労働の新しい分担へ向け、すでにさまざまな政策がとられています。それなのに日本社会では、家事労働は無視され、時に蔑視され、これを担った人々は、十分に外で働けないため、経済力や発言力を奪われがちな状態が続いています。これが、「家事労働ハラスメント」です。
 パートの働き手やひとり親家庭など、実は意外に多くの人々が、この「家事ハラ」の被害にあっています。ところが、「女性が輝く」を叫ぶアベノミクスは、むしろ「家事ハラ」を強める方向に動いているようにさえ見えます。家事ハラにストップをかけること。それが日本社会の貧困と生きづらさを大きく変えて行くはずです。「それって家事ハラ!」を合言葉に、働き方と暮らしを変えていきませんか。

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